日誌・連載コラム

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また連載コラム【信仰のススメ】を中心に掲載しています。【信仰のススメ】は原則、毎週水曜日に更新しています。

2019.02.13

【連載コラム】信仰のススメ

2月13日【連載コラム】信仰のススメ 第278回

第278回 「情けは人の為ならず」

 

誤った解釈の多い言葉ですが、誤った解釈は「情けをかけると、その人のためにならない」と言うような捉え方で、甘やかしてはいけないと言った意味合いが含まれるものです。

辞書を引いてみると、反対に「人に情けをかけていると、巡り巡って自分に返ってくる」と書いてあります。

言い出した人がどちらの意図を持っていたのかは分かりませんが考えなければいけない事です。

「情けをかける」と一口に言っても、いつでもどこでも誰にでもできることではないと思うのです。特に意味のある「情け」は。
仏教で「慈悲」と言う言葉があります。「慈」は楽を与える事、「悲」は苦を抜く事を意味すると言われますが、そもそも仏や菩薩が私たち衆生に対して楽を与え、苦しみを取り除く事です。

楽の与え方も、苦の取り除き方も、そして慈悲を垂れたもう相手である衆生の気根を知った上で、情け、哀れみをかけてこそ「慈悲」が活かされるのです。

むやみにいい人ぶって情けをかけるようなふりをしていては、自分が苦しむ種を蒔き続けているようなものです。困窮している人にお金を与えることは簡単ですが、困窮するに至った原因を知らずしては、焼け石に水となり、次を期待して叶えられなければ逆恨み、犯罪に至る事にもなりかねません。

相手の真の幸福を願い、時には厳しい言葉も必要であるわけですが、友達のような親子関係、生徒が先生にタメ語で話す、公共の場において子供を好き放題にさせるなど、世の中を見ているとその辺りが欠けているように思えてなりません。

人としての資質を教えることこそが真の慈悲であり、人として高い資質を身につけることで、社会に溶け込み、認め合うことのできる人間関係が構築できるのです。

それを教えていく事が人間に出来る最高の「情け」だと言えるのではないでしょうか。

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